2005年06月23日

しんどい毎日に疲れたら、心にやさしい味わい

タイトル:御書物同心日記(おしょもつどうしんにっき)
著  者:出久根 達郎
出版社 :講談社文庫

江戸時代、天下の稀本・珍本が集められた将軍家の御文庫に勤める青年が主人公の連作短編集。

江戸時代というのは、とにかく何ごとも平穏無事に、波風立てず、異を唱えず、隣と同じこと、同じ顔をして世を渡っていくのが、基本的生き方、あるべき姿とされていた時代だ。それによって、個々はそれぞれの家を保ち、徳川家の政権を維持存続させるという体制コンセプトだったからである。

(この体制コンセプトは途切れたようで途切れず、今も多くの日本人に受け継がれている。それに対し、常に自覚的な進歩や向上を自分に課し、しかも声にして周囲にも絶えず要求するサッカーの中田英寿は、この綿々と続く「平和主義的・予定調和」DNAから解放された日本人だと思う。)

それゆえ、この図書館勤めの青年の周囲には、度外れた不幸も運命に翻弄される悲劇も激しい恋も起こらない。

ネズミにちぎられた本の切れ端を集めて、来る日も来る日も接ぎ合わせをしたり、湿気を取るために本を風に当てながら鳥のフンが落ちてこないか見張ったり。そんな仕事を苦にすることなく、本に触れられるのが何よりうれしいというのが本書の主人公。仕事が終われば、そそくさと古本屋に出かけてしまう根っからの本好きだ。

この青年をとりまく本と人から生じる、ささやかな謎や出来事が次々と繰り広げられる。平穏無事な時代は、けっこう奇人変人が生まれやすいのかもしれない。奇妙なことに喜びを感じてしまう人間の性や、ささやかで哀しい人の願いが、小さな謎を生み、静かな波紋を広げてゆく。特にドラマチックな展開にはならないし、どこにも力みがないにもかかわらず、読む者を極上の物語世界に引き込んでしまう「小説の引力」はかなりのもの。こういうことが、作家の力量というものなのか。

競ったり、争ったり。ギスギスした毎日にほとほと疲れたとき、心にもおかゆを食べさせたいとき、読みたい一冊。

勝ち組・負け組みと色分けしたがり、些細な点をあげつらって他と差別化して、自己満足のタネを拾って歩かなければならない現在と比べると、うらやましいのか、あほらしいのか悩んでしまうほど牧歌的な世界だ。

ところで、勝ち組・負け組みの語源だが、これは第二次大戦終結時にアメリカ大陸に移民した日系人の間で、「日本が勝った」と主張する派=勝ち組、「日本が負けた」と主張する派=負け組、二つに別れ対立したことから生まれた言葉である。

本来の意味が忘れられ、「経済的成功」=勝ち組と称されるようになったのだが、真実の存在に関わらず、自分の信じたいこと、あるいは自分そのものを真実と考える人を、勝ち組というなら、それもまた真なりといえるのかもしれない。

続編に、「続 御書物同心日記」★★★★、「御書物同心日記 虫姫」★★★★がある。

おすすめ星(5段階)★★★★
posted by gsks at 15:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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