2005年06月25日

名画の迷路に迷い込んでみるのも

タイトル:偽りの名画
著  者:アーロン・エルキンス
出版社 :ハヤカワ文庫

美術館の学芸員クリス・ノーグレンを主人公としたアートミステリー。骨探偵で知られるエルキンズの別シリーズだが、骨探偵の鼻持ちならなさ(はっきり言ってウンチクおやじ)にへきへきしている方にも、主人公のノリの軽さとおまぬけさはお楽しみいただけるはず。

さまざまな名画をテーマとしたアートミステリーや特定の時代を舞台とした歴史ミステリーが大好物で、その手のものにはすぐ手が出てしまう(ただし、例の××コードは読んでいない)。歴史ミステリーは、密偵ファルコのシリーズ(光文社文庫)や以前ここでも紹介したブラザー・カドフェルのシリーズなど大好きなものが多い。

ところが、アートミステリーはなかなか好みに合ったものが少ない。一般的な評価とは異なるのだろうが、押し付けがましい衒学趣味がまずイヤ。ミステリーとしての骨格が不十分に感じられることも。

それに名画そのものと謎が直接結びついているものは意外と少なく、こじつけ?といいたくなるような作品も。でも、このシリーズは花丸付きのお気に入り。謎は魅力的だし、知識のちらつかせ方もスマート。とにかく、〈大げさ・大上段・押し付け〉のイヤミ3要素がない。
つまり「どうだ、俺はすごいだろ」と言いたいだけで読者を回り道させる、原稿の枚数稼ぎ&勿体つけがない。これはけっこう素晴らしいこと。

妻と離婚係争中(つまり、財産分与や慰謝料の額を決める条件闘争)の主人公クリスは絶不調。見かねた館長の計らいで、第二次大戦中ナチスが略奪した名画の展覧会開催のためにドイツに行くことに。
しかし、ドイツでは一日に二回ワイシャツを着替えるほど潔癖で、すべてが貴族的な上司が「この中に贋作がある」と言い残し、謎の死を。それは、売春婦を連れてうらぶれた路地裏の、いかがわしいホテルにチェックインし、部屋の窓から墜落するという、およそ男にとって最悪のパターン。
贋作をつきとめることが、上司の死の解明につながると調査に乗り出すクリスだったが、自分も銃で狙われたり、爆弾を仕掛けられたり、ミケランジェロの絵で殴られたりと散々。
贋作と疑わしき絵は、ティッツィアーノ、フェルメール、エルグレコ、デューラー、フランチェスカ、モネ、コロー…豪華ラインナップ。名画の作り出す迷路に迷い込んで、謎は深まる一方。

好きな画家ばかりで、わくわくしちゃうんですけど。

読後は意外性に打たれ、猛烈に絵が見たくなってしまう。このシリーズは、ルーベンスの絵の盗難事件を扱った「一瞬の光」★★★★、レンブラントの絵の真贋をテーマとした「画商の罠」(★★★★)の計3作品。いずれもハイレベル、はずれなし。

おすすめ星(5段階)★★★★
posted by gsks at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月24日

戦えよ、難破する前に

タイトル:死ぬには遅すぎる
著  者:クリストファー・ムーア
出版社 :講談社文庫

タイのバンコクを拠点に活動する私立探偵カルヴィノを主人公とするハードボイルド。ユニークなミステリーを探している人におすすめ。

それにしても、どうして欧米人の男というのはアジアで難破して動けなくなってしまうのか(もっとも、日本人も相当多いようですが)。きっと魅力があるのでしょうね、物価の安さ、女の安さ、愛の安さ。

先進国というのはさまざまな側面で格差が見えやすくなっているから、争いたくないというより、負けた姿を見られたくないというニーズが生まれたのかも。その行き先が東南アジアなのかも。でも、勝とうが負けようが、女にとって大切なのは戦う男の懸命な姿なのだけれど。だから、愛人にされた女はみんな不幸そうで、完全あきらめモード。

アジア人の女を愛人にして、とりあえず周りにいるアジア人より上だぜ、と満足している白人男の姿は、ぞっとするほど醜い(どうも冷静になれない。ローマ・カソリックが作り上げた「白人・男・上位主義」の無意識な視点を感じ取ってしまっているよう)。

主人公をはじめ帰れない男たちがうようよ。その姿は、波に洗われ朽ちていく難破船そのもの。恋人の日本人女性、秘書のタイ人女性を彼なりに理解しているつもりなのだけれど…。その理解はいまだステレオ・タイプの範疇(基本的に理解力なさすぎ)。

以上、ちっともおすすめしていない内容になってしまった。

ストーリーは、ニューヨーク育ちの元弁護士が、UNTAC統治下のカンボジアで人探しをするというもので、ミステリーとしては趣向が変わっておもしろい。シリーズで、「最後の儀式」★★★がある。タイの風情を生かした趣向はなかなか。

おすすめ星(五段階)★★★
posted by gsks at 01:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月23日

しんどい毎日に疲れたら、心にやさしい味わい

タイトル:御書物同心日記(おしょもつどうしんにっき)
著  者:出久根 達郎
出版社 :講談社文庫

江戸時代、天下の稀本・珍本が集められた将軍家の御文庫に勤める青年が主人公の連作短編集。

江戸時代というのは、とにかく何ごとも平穏無事に、波風立てず、異を唱えず、隣と同じこと、同じ顔をして世を渡っていくのが、基本的生き方、あるべき姿とされていた時代だ。それによって、個々はそれぞれの家を保ち、徳川家の政権を維持存続させるという体制コンセプトだったからである。

(この体制コンセプトは途切れたようで途切れず、今も多くの日本人に受け継がれている。それに対し、常に自覚的な進歩や向上を自分に課し、しかも声にして周囲にも絶えず要求するサッカーの中田英寿は、この綿々と続く「平和主義的・予定調和」DNAから解放された日本人だと思う。)

それゆえ、この図書館勤めの青年の周囲には、度外れた不幸も運命に翻弄される悲劇も激しい恋も起こらない。

ネズミにちぎられた本の切れ端を集めて、来る日も来る日も接ぎ合わせをしたり、湿気を取るために本を風に当てながら鳥のフンが落ちてこないか見張ったり。そんな仕事を苦にすることなく、本に触れられるのが何よりうれしいというのが本書の主人公。仕事が終われば、そそくさと古本屋に出かけてしまう根っからの本好きだ。

この青年をとりまく本と人から生じる、ささやかな謎や出来事が次々と繰り広げられる。平穏無事な時代は、けっこう奇人変人が生まれやすいのかもしれない。奇妙なことに喜びを感じてしまう人間の性や、ささやかで哀しい人の願いが、小さな謎を生み、静かな波紋を広げてゆく。特にドラマチックな展開にはならないし、どこにも力みがないにもかかわらず、読む者を極上の物語世界に引き込んでしまう「小説の引力」はかなりのもの。こういうことが、作家の力量というものなのか。

競ったり、争ったり。ギスギスした毎日にほとほと疲れたとき、心にもおかゆを食べさせたいとき、読みたい一冊。

勝ち組・負け組みと色分けしたがり、些細な点をあげつらって他と差別化して、自己満足のタネを拾って歩かなければならない現在と比べると、うらやましいのか、あほらしいのか悩んでしまうほど牧歌的な世界だ。

ところで、勝ち組・負け組みの語源だが、これは第二次大戦終結時にアメリカ大陸に移民した日系人の間で、「日本が勝った」と主張する派=勝ち組、「日本が負けた」と主張する派=負け組、二つに別れ対立したことから生まれた言葉である。

本来の意味が忘れられ、「経済的成功」=勝ち組と称されるようになったのだが、真実の存在に関わらず、自分の信じたいこと、あるいは自分そのものを真実と考える人を、勝ち組というなら、それもまた真なりといえるのかもしれない。

続編に、「続 御書物同心日記」★★★★、「御書物同心日記 虫姫」★★★★がある。

おすすめ星(5段階)★★★★
posted by gsks at 15:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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